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12月3日(日)愛犬のゴールデンレドリバーのパーシーが急死してしまいました・・・まだ5歳の雄でした。
家族の一員として彼の存在は大きく、朝晩の散歩は勿論のこと 旅行などどこに行くのも一緒でした。
そんな彼が突然いなくなってしまって我が家族は、悲しみというより喪失感で何も出来なくなってしまいました。
2週間たった今でも駄目です・・!
特に朝起きた時と帰宅した時、寝室や玄関に出迎えて体を投げかけて出迎えてくれる・・・ この毎日の決まりきったシーンが突然なくなってしまったのです。
どうやらボクの家族は(特にボク自身)、完全に「ペットロス症候群」に罹ってしまったようです。

現代生活においてペットは、今や大変大きな存在となっています。少子化や長寿命の影響、それに晩婚化もペットブームに拍車をかけているようです。
ペットの中心である犬や猫は、かって番犬やねずみ駆除としての役割から家族の一員としての存在に変わりました。特に小型犬が屋内に飼われるようになってからは、その傾向が強くなってきました。
犬や猫などのペットは、当然ながら人間より早く死にます。
「ペットロス症候群」(ペットロス -アンド-ビリーブメント) とは、そんな存在になったペットを病気や寿命や交通事故で失うことによる精神的・身体的症状をさします。
ペットロス症候群にかかった人の多くのは、次のようなうつ的症状を示します。
・食欲がない   ・ 外出したくない   ・ 誰とも話したくない
・掃除も洗濯もしたくない    ・散歩やボール遊びのことを思い出して泣き暮らす
人の場合は周囲の誰もが親しい人を亡くした経験があるので理解され悲しみを癒す機会が多くあるのに対し、ペットの場合は飼い主の感情体験を理解し、悲しみを癒す機会が少ないという点にあります。
親族が亡くなった場合には、学校や会社を休むことが社会的に認められても、ペットの場合には残念ながら認められていません。 それに、人が亡くなった場合には、告別式、四十九日の法要と親しい人が集まって故人に思いを馳せ、体験を共有しながら悲しみを分かち合う機会がたくさんあります。
確かにペットの葬儀を行うことが一般的になっていますが、それはペットの供養のためであって、残された飼い主の心を癒す役割とはなっていないのです。
また、ペットを飼ったことがない人からは「たかがペットなのに…」とか「別のをまた飼えばいいじゃないか・・・」などといった心ない言葉も拍車をかけるのです。
(参考サイト:http://mf-supply.com/pet-loss.htm  http://www8.plala.or.jp/psychology/disorder/petloss.htm)

ボク自身は、別れがつらいから、「もう犬は飼いたくない!」という気持ちと、「ヤッパリ犬がいないと駄目だよな!」という気持ちの半々で複雑な毎日です。
でも、セラピストであるボクが滅入ってばかりでは始まらないので、自分自身や家族をサンプルに この体験を活かし、「ペットロス症候群」のセラピー法の研究を始めようと思います。

先日、縁があって天理市の天理教の本部教会への参拝の機会を得ました。
この日は、おりしも天理教の120周年の記念大祭の真っ只中で、市内は海外の信者などでごった返しておりました。
広大な本教会の社は四方から参拝出来るような形体をとっていて、宗教の総本部にしては非常にオープンな雰囲気に驚き感嘆いたしました。 ここには24時間、いつでも自由に入って参拝が出来るのだそうです。
結界の張られた四方の真ん中の御柱が立っている空間は天井がなく、ここから天上の神と繋がっているのだそうです。
案内していただいた教会長さんに従って見よう見まねで柏手を打ち参拝をしていると、穏やかだが凛ととした波動がしんしんと感じられてきたのです。
鞍馬山などの霊山で感じられると同じような高い波動が、天上から御柱を伝わってくるのです。
あっ、この波動を受けるために遠くから、わざわざ信者たちは訪れるのだなと思いました。
伝え聞く話によりますと、この天理教の始祖の中山まきという方は、手当てで人々の病を癒した霊能者だったそうです。 それこそ軌跡の超能力者だったのでしょう。
その行いと教えが人々に感動と尊敬の念を与え、大きな宗教まで発展させたのです。

ところで、同じように手当てで人々を癒すレイキは、なぜ宗教にならなかったのでしょうか?
なぜ臼井甕男先生は教祖に祭り上げられならなかったのでしょうか?
ボクの行っているレイキのことを 参拝をしながら不遜にも考えてしまいました。
レイキは靈授(アチューンメント)という方法でマスター(ティーチャー)という先達が、誰もがレイキを使えるようにしてくれます。1回の靈授で後は伝えられたレイキと繋がることが出来、その後マスターとの接点はなくとも永久にレイキを活用できるようになります。
それだけではなく、マスターの力を借りることなく瞑想や実践によりレイキの力は増し、ヒーラーとして独自に成長できるのです。
それに対し宗教は、教祖のみがその力を独占し、信者はその力(ご利益)を授けてていただくという一方通行の受身な関係なのです。したがって基本的には、瞑想などによる自己成長を許していません。
もっともレイキのように、その力の行使する能力を個人に委ねてしまったら、宗教は成り立たなくなる訳ですが・・・

レイキの素晴らしい所は、そういった能力の独占を許さず自由に個人に委ねた点です。
その無欲無為の精神がこそ、世界で300万人とも500万人とも愛好者がいるというのに、宗教のようなピラミッド型の組織が存在しないという所以なのでしょう。
(かって、フィリップ社というメーカーが、録音カセットテープのパテントを独占しないで解放した結果、世界のカセットテープが同一の規格で普及できたとという業績と共通する精神を感じます。)
このことは臼井先生の偉大さなのか、その後を継いだ後継者達の無欲さの結果なのか、その真意は不明ですが、あらためてレイキの素晴らしさとスゴさを感じました。

◇神奈川県の丹沢の裾野に大山(おおやま)と云う、山岳信仰のお山があります。
関東の人にとっては近すぎるせいか、京都の鞍馬山や吉野の大峰山などに比べて 、精神世界に人には余り注目されていないようです。 また、島根県にある同名の大山(だいせんと読む)の方が有名なようです。
それに大山にある阿夫利神社は、実はこのお関東の一番札所であるという事は余り知られていません。


◇1950万年前に金星から来られたという世界王(地球ロゴスの代理)であるサナット・クマラは、以前は京都の鞍馬山におられたが、現在はこのお山にいらっしゃるのでは?とのボクの直観に駆られ、「ゆば勉強会」の仲間10名が出掛けました。
両側に土産の店が並ぶ急な石段を昇る。土産屋に混じって伊勢原温泉の宿や、修験道の霊山ならではの豆腐料理の割烹や宿坊が点在しています。 大山・阿夫利神社は、大山の山嶺に三社があり、本社は大山祗大神(オオヤマツミノカミ)を祀り、摂社奥社に大雷神(オオイカツチノカミ)が、前社に高オカミノ神(タカオカミノカミ)が祀られていると云います。
阿夫利神社には下社(上の写真)と上社があり、上社はここから90分の険しい山道を行かないとたどり着けなのです。
サナット・クマラ様はきっと上社の方におられるのだろうと、上社に続く60度はあろうかの急な勾配の石段を昇ろうと一同覚悟を決めるのでした。

守護天使に抱かれる天使の癒しというライトワークで、四葉のクローバーを見つけて持ち帰ってきたり、ピンクのバラを手にしたり、そんな嬉しいセラピー効果が出ています。
その方達は、それぞれ赤ちゃんが出来たり・・新しい恋が生まれた・・と、とってもハッピーな出来事が起こっています。
ボクは自分のバイタルセラピーの目標を単に病を癒すだけでなく“幸せな状態にするセラピー”と 宣言しているのですが、その効果がこのところ出てきたような気がします。
ボクのラボを訪れる方の多くは、肉体的な愁訴はもちろんですが、その奥に家族や恋愛といった関係に困難な問題を抱えた方です。そういった方は大概、魂レベルの傷を負っていることが多いのです。
そんな方たちに、この“天使の癒し”はとっても効果的です。
幼児期の心の傷(トラウマ)や魂の傷(カルカ)が完全に解放され癒さると、その方の守護天使はご褒美に“幸せの予告”をプレゼントしてくれます。
それ等は「四葉のクローバー」や「ピンクのバラ」、「キー」や「若葉」、時には「清らかな水」や「ピンクの石」などといったシンボリックな形状として現われます。
それをライトワークの中のビジョンとしてとらえ、ハートチャクラにしまい持ち帰るのです。
さて、あなたへの“天使の贈り物”は何にでしょうか?

セラピーの究極は、「心つまり魂」の解放に行き着くと思います。
肉体的な病腺、ストレスやトラウマそして邪気といったネガティブな波動を解放するのは、すごく意味のあることです。しかし、それだけでは人々を病や禍から救うことは望めません。
崇高な宗教や信仰での救いというレベルでなく、町の治療院という世俗的な次元で“何とか魂の救い”が出来ないか?・・・
そんな素朴で幼い発想が、「魂レベルの究極のセラピー」という無謀な研究への想いを駆り立ててきました。
私のラボを訪れるクライアントの多くは、肉体や精神面といった表に現れた症状の奥で、夫婦関係や親子関係といった家族の問題、恋愛や不倫といった男女の問 題、勤め先の上司や同僚といった関係でのトラブルなどといった、多くの問題を抱えています。そういった人間関係の問題の多くは、幼児期や過去世といった過 去が刻んでいった“ネガティブな波動”に起因します。
そんな心の深みについてしまったキズは、かなり高度なレベルのセラピーでも解消できません。もっと深いレベルのセラピー・・・“魂レベルのセラピー”が必要なのです。
過去世における魂のキズ = カルマ・・ 真の心 = ハイヤーセルフ・・ 魂レベルの浄化こそ根源からのセラピーであると思います。
まだ思考錯誤の段階ですが、「光に抱かれる癒し」「守護天使に抱かれる癒し」といったライトワークが、根源からのセラピーに一歩近づきつつあると実感しているこの頃です。

皆様、新年あけましておめでとうございます。
年末の盛り場は、バブルの時代を彷彿させるような賑わいでタクシーのり場に客の列!おまけに株価まで・・・なんってニュースを聞くと、性懲りも無くやっぱり嬉しくなっているボクです。
さて話は、下界の低次元な話題から一変します。
ボクたちは昨年、大いなる光の癒しを手にしました。
病腺を解放するとか痛みを和らげるといったレベルではなく、光による魂の抱擁といったレベルの癒しなのです。
あるクライアントは感動と安らぎの光に包まれ・・・またある人は光の塊を抱きしめ至福の感情を得て号泣する・・・といった、それは魂の根源からの解放と気 づきを得えてくれるです。 それは、不遜にも神とのチャネリングが可能になったとしかいいようはないような深い癒しなのです。
この癒しの力を、ボクのラボという狭い世界だけに留めていくのではいけないと気づきました。
そんな訳で今年は、外の世界に癒しの輪を広げていきたいと考えています。
例えば「ゆば倶楽部」を通じての病院での入院患者へのボランティア活動や老人ホームでのセラピー活動もそのひとつです。
日常の雑務に追われて、なかなか実行に移せないかも知れませんが、精一杯やってみようと決意しています。
それから、もうひとつは本の出版です。
これまた筆不精で一向に仕事が進まないのですが、本といったメディアを通じてボクのこれまでに研究した「バイタルセラピー」の全容を公開し、波動医療やレイキ療法の啓蒙と認知の礎になればと思ってます。
そんなかんなで、今年は何かトライの年になるのだとワクワクです。