(9月6日からの続き・・)
・地の神様、水の神様、五穀豊穣の神様・・と暮らしや自然の全てに神様が存在し、神や霊魂への崇拝が心に根ざしていた日本人が、第二次大戦を境に科学万能の思想に変わってしまったのです。
そういった科学信奉の思想が、家電製品や自動車などの産業を活性させ日本の物質的繁栄をもたらしたのも事実です。
これはまさに、アメリカに戦争で負けた(特に原爆で)お陰の“ご褒美”なのでした。
医学においても、健康保険の国民皆保険制度と相まって、科学信奉の思想が医療を発展させ日本は長寿国世界一となりました。こうして「科学は素晴らしいもの、人間を幸せにしてくれる最大のもの」という科学信仰というべき観念が、私たちの心に根ついていきました。
・こういった物質的繁栄を謳歌した日本人が、バブル崩壊を境に貧困(物質的)への逆行の不安感と共に「何か大事なものを置いてきてしまったのでは?」と、ごく一部の人ではありますが少しだけ気づき始めました。
「物質的繁栄だけで果たしてよかったんだろうか?」「昔の人が云っていた、肉体の他に霊魂というよなモノが本当はあるのではないか?」・・それが昨今の“スピリチャル”ブームとして現われてきたのです。迫り来るといわれる“アセンション”への不安感が、そうさせたのかも知れません。
しかし、ボクの義父のような戦後の繁栄を謳歌した世代の大部分は、まだまだ物質的価値観にしがみつき“科学万歳”の西洋医学絶対者なのです。
・ボクの開いているバイタルセラピーラボというセラピーサロンでは、多くの難病といわれる病が「霊性の改善」で良い結果をみせております。特に精神的疾患の方に素晴らしい改善がみられています。
「人間は肉体の他に霊性(魂)という、もうひとつの領域が存在し、それが人間の本質を形成しているんだ!」・・という事実を人々が知っていたなら、多くの病気や犯罪や戦争といった不幸が防げるのです。
それを阻んでいるのが、“物質的価値観”であり”科学信仰”なのです。
「そんな科学的根拠のないものは信じられない!」「そんなのマヤカシの宗教だ!」の一言で片付けてしまうのは、とっても不幸だと思います。
霊性の改善などスピリチャルな現象は、確かに三次元的な論理では証明できません。
しかし、それは証明するための高次元的な論理が確立していないだけであって、そのことで虚実と片付けてしまうには余りにも軽薄です。それは過って、「日食は悪魔の仕業」と云っていたのと同じくらい浅はかです。
・こういった偏見や無知が本質を歪めてしまっているのは不幸です。救える人を救えないで手をこまねいているのは怠惰です。
そのためには始めは三次元的・物質的な領域でのエビデンスの確立、将来的には三次元を超えた次元での論理の確立、が急務なのです。
医療従事者・量子物理学者・生物学者・宗教家など、そしてホリスティック医療を目指すセラピスト、あらゆるジャンル智慧を終結してspiritualityの実証をしなくてはなりません。
20世紀以降の物質的価値観偏重の時代を経て、霊的価値観の時代へのパラダイムシフトの時が来たのです。
・HPを大幅リニューアルをしてましたので、コラムの書き込みが久々になってしまいました。
今日から何回か「物質的価値観から霊的価値観へ・・」という大変難しいテーマで書きます。
・83歳の妻の父は去年に認知症を患ってからは、生きる目的はただただ、「長く生きたい!」という生への関心のみになってしまいました。
それまではマンション経営お傍ら、81歳で社交ダンスのコンテストに出場したり、ビデオ撮影や編集をして映像作品を創ったり、鉄アレイで筋力を鍛えたり、株をやったり、ものすごくアクティブな老人をやっておりました。
ところが、昨年辺りから、健康に関すること意外のあらゆる事への関心が失せてしまいました。一番困ったことはマンションの経営を全て分投げてしまって、その肩代わりをボクがしなくてはならなくなった事です。
経営を引き継いだ築28年の老朽化したマンションは、雨漏りはするは水道管は破裂するはで、大規模修繕をしなくてはならない次期に来ていました。仕方なくサロンの休診日を1日増やして,慣れないマンション経営に奔走の毎日です。
・義父の日課は1日3軒の病院通いです。アチラに心臓の名医がいると聞くと訪れ、コチラに脊椎狭窄症の手術が上手な病院があると聞くや、仕事を持っているボクの妻(彼の娘)に直ぐに連れて行け!とけしかけます。
6月にはヘルニアで入院、8月には今度は心臓病で入院と、彼の生活は全て「健康」と「病院」だけの毎日になってしまいました。ボクがセラピストであるにも関わらず、彼はスピリチュアルな領域をまったく認めません。科学的根拠(エビデンス)がないといものは信じないという、多くの壮年男性の例に漏れず「科学デッタイ信奉者」なのです。
先日の心臓の入院の時のことです。ペースメーカーの埋め込み手術の数日後、病室には心拍を計る計器などが置いてあるのですが、その計器の示す心拍数が異常に高くなっており時々危険数値を示す赤ランプまで点滅しているのです。看護士さんを呼ぼうとも思ったのですが、とっさに彼に気を送り生体エネルギーのバランス整えました。心拍数は正常に戻りました。傍らにいた妻が「お父さん機械を見てごらん!セラピーで数字が下がったわよ!」と義父に言いました。義父はその計器が自分の直ぐ横にあるにも関わらず、その言葉を無視し一瞥もしません。
その時とった彼の態度は、自分の信じていない“娘婿のやっている怪しげなセラピー”で行ったことで、彼の信奉している西洋医学の科学的な計器が、そのセラピー効果を数値で示しているなど、決して認めたくなかったからに他ならないのです。
・このように多くの現代人は、スピリチュアルな領域の存在を「科学的でない!」という一言で片付け認めようとしません。科学者の多くも、その存在の有無をまったく確かめようともしないで“まやかし”と片付けてしまっています。少しばかり関心を示す人が居ても「あいつはオカルティックなことを研究している怪しい研究者!」との烙印を押されるのを恐れ黙ってしまうのです。ましてや一般の人々は“いわんや”なのです。特に敗戦を経験している70代以上の方達はなお更です。
アメリカの強力な科学力に、霊的な力を信じた神国日本はコテンコテンにやっつけられたのですから、“科学”に頭が上がらなくなったのは無理からぬことかも知れません。
つづく