◇神奈川県の丹沢の裾野に大山(おおやま)と云う、山岳信仰のお山があります。
関東の人にとっては近すぎるせいか、京都の鞍馬山や吉野の大峰山などに比べて 、精神世界に人には余り注目されていないようです。 また、島根県にある同名の大山(だいせんと読む)の方が有名なようです。
それに大山にある阿夫利神社は、実はこのお関東の一番札所であるという事は余り知られていません。
◇1950万年前に金星から来られたという世界王(地球ロゴスの代理)であるサナット・クマラは、以前は京都の鞍馬山におられたが、現在はこのお山にいらっしゃるのでは?とのボクの直観に駆られ、「ゆば勉強会」の仲間10名が出掛けました。
両側に土産の店が並ぶ急な石段を昇る。土産屋に混じって伊勢原温泉の宿や、修験道の霊山ならではの豆腐料理の割烹や宿坊が点在しています。
大山・阿夫利神社は、大山の山嶺に三社があり、本社は大山祗大神(オオヤマツミノカミ)を祀り、摂社奥社に大雷神(オオイカツチノカミ)が、前社に高オカミノ神(タカオカミノカミ)が祀られていると云います。
阿夫利神社には下社(上の写真)と上社があり、上社はここから90分の険しい山道を行かないとたどり着けなのです。
サナット・クマラ様はきっと上社の方におられるのだろうと、上社に続く60度はあろうかの急な勾配の石段を昇ろうと一同覚悟を決めるのでした。

京都の霊山鞍馬山とは大違い、胸を突くような急斜面の続出で・・「阿扶利神社・上社への参道
だと思ったのに、これではまさに登山ではないか?」と当初の思惑と違って一同タジタジ!
険しい丹沢山系を侮って失敗!と観念して懸命に登ること1時間半やっとの思いで
頂上の阿扶利神社・上社にたどり着きました。
◇ さて、上社と奥の院に参拝を済ませ、いざ霊山大山の靈氣を頂こうと瞑想の場所を探したのですが頂上は狭く、おまけに登山客に溢れていて、10人の人間が集まって車座になって怪しげな靈受を
行うことなどとてもとても難しい状況だったのです。
おまけに頂上は10月とはいえ寒く、お腹も減ってきたし・・・という訳で人の目を気にしながら靈受瞑想を行いました。霊山の高い波動は、ひしひしとエーテル体を巡り体に浸透していきました。
今回の大山参拝の一番のテーマは、金星より鞍馬山に下ったといわれる、「地球ロゴスのサナット・クマラ」
が実は今はこの大山にいらっしゃるという事実を証明し、出来ることなら「サナット・クマラ」の高波動を
受けられればという事だったのですが、一向にその気配が見られません。
頂上の寒さに耐えかね、昼食も早々に山を下りました。
(実は、予約してあった麓の豆腐会席のお店の時間に間に合う事が気になってのことですが・・・)
登りとは違うなだらかなコースを下ること15分、突然何かがズドーンとボクの胸に入ってきて、ボクの心臓が正常の3倍くらいの速度に高鳴り始めてました。やはり歳のせい、この登山は無理だったのか?
と思ったのですが、足腰はしっかりしていたので、これぞ「サナット・クマラ高波動」では?とパクパク鳴り響く心臓の動悸に惑わされてのリーディング!
やはり「サナット・クマラ」は降りてきてくださったのです。
狭い登山道に立ち止まって、そのエネルギーを9人の同行者の第7チャクラにに分け与えました。
すると、何と9人全員の頭上には8番目のチャクラが開花していたのです。
(ボクらの怪しげな儀式を、他の登山客が気味悪るそうに眺めて通りすぎていったのは、云うまでもありません。)
◇下山の後、入浴もそこそこに待ちに待った「豆腐会席」です。精進なのですが「鹿刺し」もオーダー
して疲れ切った体に、豆腐と鹿刺しとビールがしみ込んでいきました。
今度の同行者の中で、ひときわ年長者であるボクは、若い頃の蘭採集の山歩きの経験で、山歩きにはいくらか自信があったのですが、下山の中盤から膝がヘラヘラになってしまい、体力の衰えを痛切に感じました。同行者の皆さんご迷惑をかけました。
そんな訳で、苦しく楽しい仲間達との大山参拝登山を終えました。
皆さんまたどこかの霊山に登りましょう! 今度は、事前に鍛えてから・・・
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